東京高等裁判所 昭和24年(ネ)711号 判決
控訴人等は適式の呼出を受けながら当審において最初になすべき昭和二十五年四月十日午前十時の本件口頭弁論期日及び同年五月十五日午前十時のその続行期日に出頭しないが、その陳述したものとみなされた控訴状の記載によれば、控訴の趣旨は「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」と謂うにあつて、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。当事者双方の事実上の主張は、被控訴人において、昭和二十二年七月末日控訴人近江カネが本件家屋の一部明渡を承諾したと述べたのは、單に事情として述べたものであつて、本訴の請求原因として主張するものではない、と陳述した外原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。<立証省略>
三、理 由
被控訴人が昭和二十年初頃その所有の東京都中央区日本橋蠣殼町一丁目九番地所在木造瓦葺二階建一棟建坪八坪四合八勺、二階七坪五合三勺を控訴人近江カネに賃貸し、同控訴人がその後右家屋の内二階一室四坪(七疊間)を控訴人饗庭鐘之助に、階下前側の土間四坪を訴外西方芳雄(原審被告)に、それぞれ轉貸し、現に控訴人近江が右家屋全部を、控訴人饗庭がその二階一室を占有していることは、本件当事者間に爭いのないところであつて、被控訴人と控訴人近江との間の右賃貸借において、賃料は一箇月金四十一円毎月末日限り持参支拂の約で期間の定めはなく、同控訴人から敷金百二十円を差入れたことは右当事者間に爭いなく、被控訴人と控訴人饗庭との間においては、原審における被控訴人本人の供述によつてこれを認めることができる。
控訴人等は右轉貸については、いずれも被控訴人の承諾を得ている旨抗爭するによつて按ずるに、この点に関して原審証人八木小右衞門及び原審における控訴人本人近江カネは、控訴人近江が控訴人饗庭を同居させた際、被控訴人に対しその話をして了解を求めたところ、同人から本件家屋は控訴人近江に賃貸してあるのだから勝手にせよと謂われた旨供述し、原審における被告本人西方芳雄は被控訴人から、控訴人近江からは直接賃料が貰えないから貴方の方で支拂つてくれと謂われた旨供述するけれども、右はいずれも信を措きがたく、他に被控訴人が控訴人等乃至は訴外西方芳雄に対し本件家屋の轉貸借を承諾し、もしくは黙認した事実を認めるに足る証拠はない。反つて前掲被控訴人本人の供述並びに原審証人伊東よし(第一、二回)、入倉富美子の各証言を綜合すれば、被控訴人は昭和二十一年春その次女富美子夫婦が住宅に困つていたので控訴人近江に本件家屋の明渡を求めたけれども同人の承諾が得られなかつたため、止むなく富美子夫婦を自宅に同居させて置いたが、その翌二十二年一月頃その長女はつ子の婚約が調つたについて、更に右家屋の明渡を求めたところ、控訴人近江は現在控訴人饗庭が同居して居りその妻が姙娠中で七月末までにはお産が済む予定であるからその時になれば同人等に引越して貰い一間だけでも明けると謂うので、それを期待していたのに約束の七月が過ぎても明渡してくれず、その上階下に薬品販賣業の訴外西方芳雄を入れたことを知つて、控訴人近江や同訴外人を問責したことが認められる。右に牴触する前掲控訴人本人近江カネの供述は信用しない。そして右事実によれば被控訴人は控訴人近江に対し以前から本件家屋の明渡を望んでいたが昭和二十二年一月始めて同控訴人が控訴人饗庭に右家屋の一部を轉貸していることを知つた時にも、同年七月末までには必ずそれを明渡して貰えるものと信じ強いて轉貸のことを責めず、その明渡を待つことにしたに過ぎないのであつて、右轉貸を承認したものではなく且つ訴外西方に対する轉貸借については全々承認の意思のなかつたことが明かであるから、控訴人等の前記主張はとうていこれを肯認することができない。
そして被控訴人が昭和二十三年五月十一日控訴人近江に対し右轉貸を理由として本件賃貸借契約解除の意思表示をしたことは本件当事者間に爭いのないところである。もつとも終戰以來の東京都内における異常な住宅拂底の情勢下にあつては、家屋の賃借人が賃貸人の承諾を得ないでこれを他に轉貸した場合においても、民法第一條の信義誠実の原則によつて、同法第六百十二條の解除権の行使に制限の加えられることあるはまた止むを得ないところであるが、本件においては前掲証人八木小右衞門の証言により控訴人饗庭が控訴人近江の昔からの知人であり戰災によつて住居を失い困つていたことは認められるけれども同人を同居せしめなければならないさし迫つた理由を認めるに足る何らの証左なく、また前掲原審における被告西方芳雄本人の供述によれば、訴外西方に対する轉貸に至つては、控訴人近江は本件家屋の階下を事務所として賃貸する旨の電柱廣告をして賃借人を求め、その賃借人西方から金二万円の権利金と一箇月三百円の賃料を取つていることが明かで、(右認定に副わない前掲控訴人近江カネ本人の供述部分は措信しない)あるから控訴人近江には何ら宥恕すべきところなく賃貸人たる被控訴人は民法第六百十二條により無断轉貸を理由として本件賃貸借を解除し得るものと謂わなければならない。
さすれば本件賃貸借は右解除により昭和二十三年五月十一日をもつて終了したものと謂うべきであるから、被控訴人が控訴人近江に対し右賃貸借の終了を原因として本件家屋の明渡並びに右契約解除後たる同年六月一日から明渡済みに至るまで一ケ月金四十一円の割合による賃料相当の損害金の支拂を求め、控訴人饗庭に対しその所有権に基き右家屋の内同人の占有する二階一室四坪(七疊間)の明渡を求める本訴請求を正当として、これを認容すべきものとする。從つて原判決は右と同趣旨に出で相当であつて、本件控訴はいずれも理由がないからこれを棄却すべきものとし民事訴訟法第三百八十四條第九十五條第八十九條第九十三條を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 柳川昌勝 浜田宗四郎 菅野次郎)